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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)4452号 判決 1976年3月18日

原告 小野寺千恵

原告 小野寺茂

右原告ら訴訟代理人弁護士 芦田直衛

被告 日本電建株式会社

右代表者代表取締役 上原秀作

右訴訟代理人弁護士 吉原歓吉

主文

被告は、原告らに対し、各三〇〇万円ずつとこれに対する昭和四八年一月三日から支払いずみまで年五分の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項と同旨

2  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告小野寺千恵は亡小野寺絹子(以下絹子という。死亡当時の年齢は二一歳であった。)の母であり、原告小野寺茂は同女の父である。

2  絹子は、昭和四八年一月三日長野県北安曇郡白馬村大字北城字西山一一四二〇番地所在旅館(民宿)スエヒロ(早坂一男―以下早坂という―経営)に宿泊し、同日午後九時ころの入浴中に、右スエヒロの浴室(以下本件浴室という。)内においてプロパンガス不完全燃焼による一酸化炭素中毒にかかって意識を失い、よって同日午後一〇時三〇分長野県大町市大町三一三〇番地所在市立大町総合病院で死亡した(以下本件事故という。)。

3  本件浴室は、早坂の注文により昭和四二年の秋から冬にかけて、建物等の建築請負業者である被告が旅館(民宿)の一部として工事を請負い、被告の使用する従業員ら(以下被告方従業員という。)が設計施工したものであるが、その構造は概ね次のとおりである。

(一) 風呂燃焼釜設置部分は浴室内にあって、縦(南北方向)五九センチメートル、横(東西方向)五七・五センチメートル、深さが洗場床面から五二・五センチメートルある升形コンクリート造りの穴になっている。

(二) 風呂燃焼釜は高木産業株式会社製のパーパス自動点火式TPIA二型といって、プロパンガスを燃料とし、バーナー部分の裏面には風呂燃焼釜設置部分の穴の底面より三・五センチメートルのところに二ケの空気調整器が取付けられている。

(三) 風呂燃焼釜設置部分の穴は、洗場からは洗場床面よりの高さが三・五センチメートル、幅七センチメートルの堰状の隔壁により仕切られ、浴槽からは浴槽上部の縁よりの高さが一二センチメートル、幅七センチメートルの堰状の隔壁により仕切られているだけで、蓋等により他から遮蔽されておらず、また、そこには排水口は設けられていない。

(四) 浴室には東側壁面の中央上部あたり(窓の上側二二センチメートルのところ)に、縦二三センチメートル、横三九センチメートルの換気口が一ヶ所あるのみである。

4  被告方従業員が設計施工した本件浴室は右のような構造を有するため、全国プロパンガス協会により昭和三八年一二月に定められた家庭燃料用LPG取扱基準にさえ適合せず、プロパンガス不完全燃焼による一酸化炭素が浴室内部に充満し、入浴者が一酸化炭素中毒死に至る危険性を有する。

即ち、

(一) 風呂燃焼釜設置部分の穴は、洗場及び浴槽からは前記のような堰状の隔壁によって仕切られているだけで、蓋等により他から遮蔽されておらず、また、そこには排水口が設けられてないから、入浴者等の使用する湯水が飛散するなどして右の穴の中に侵入するし、また、入浴者等が右の穴の中にマッチ棒、タバコの吸殻等のごみを投棄したりすることが避けられず、このようにして右の穴の中にたまった湯水あるいはそこに浮遊するごみが風呂燃焼釜の空気調整器の穴を塞ぎ、プロパンガス不完全燃焼を導いて一酸化炭素を発生させる虞がある。

(二) 風呂燃焼釜設置部分の穴が浴室内にあり、しかも、浴室には換気口が一ヶ所しか設けられていないから、プロパンガス不完全燃焼を導いて一酸化炭素を発生させる虞がある。

5  本件事故当時も、風呂燃焼釜設置部分の穴の中には深さ二センチメートル以上の水がたまっており、そこに木片、マッチ棒、タバコの吸殻等が浮遊していたが、それらが風呂燃焼釜の空気調整器の穴を塞いだことと、換気口が上部に一ヶ所しかなく換気不十分だったことがあいまってプロパンガス不完全燃焼を起こし、絹子はこれにより発生した一酸化炭素を吸引して死亡したものである。即ち、被告方従業員の本件浴室の設計施工と本件事故との間には因果関係がある。

6(一)  本件浴室が構造上前記のような危険性を有するものである以上、本件事故の発生につき、本件浴室を設計施工した被告方従業員の過失は推定されるべきである。

(二)  仮に過失が推定されないとしても、被告方従業員は建築の専門家であって、前記のような構造を有する本件浴室にはプロパンガス不完全燃焼による一酸化炭素中毒事故の発生する危険があることを予見しえたはずであるから(とりわけ、本件浴室は旅館宿泊者という不特定多数の者の使用を予定していたものであるから、容易に予見しえた。)、右の危険を防止する注意義務があり、本件事故発生につき過失がある。

7  原告らは、本件事故によりそれぞれ次のとおりの損害を蒙った。

(葬儀費用)

(一) 原告小野寺茂は、絹子の葬儀費用として三〇万円を出費した。

(逸失利益)

(二)(1) 絹子は死亡当時二一歳の独身女性で、株式会社ゼネラルに電話交換手として勤務しており、本件事故の前年である昭和四七年の年収は七四万六四九六円(月収六万二二〇八円の一二ヶ月分)であった。

(2) 絹子の残存稼働可能期間は少くとも三五年である。

(3) 絹子の年平均生活費は年収の半分とみるが相当である。

(4) 従って、右稼働可能期間内の純収入の現価は、新ホフマン式計算法によりその間の中間利息を控除すれば、七四三万三九八〇円(一円未満切捨)となる。

(5) 原告らは、絹子の父母として同女の右逸失利益の損害賠償請求権を各二分の一宛即ち三七一万六九九〇円ずつ相続した。

(慰藉料)

(三) 原告らはその娘である絹子の死亡により甚大な精神的苦痛を蒙ったものであり、これに対する慰藉料は各二〇〇万円が相当である。

8  よって、被告は、被告方従業員の設計施工上の過失による本件事故発生につき、使用者として責を負うべきであるから、原告らは、被告に対し、右損害金の内金として各三〇〇万円ずつとこれに対する本件事故発生日である昭和四八年一月三日から支払いずみまで民法所定年五分の遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の冒頭部分の事実は認める。但し、被告方従業員は本件浴室を食堂兼住居用建物の一部として設計施工したものであるし、その後、早坂においてシャワーを取付けるなど独自に若干の変更を加えているものである。

被告方従業員が設計施工した本件浴室の構造につき、同3(一)の事実は認め、同3(二)のうち、風呂燃焼釜が高木産業株式会社製のパーパス自動点火式TPIA二型といい、プロパンガスを燃料とする事実は認め、同3(三)の事実は認める(但し、風呂燃焼釜設置部分の穴は、浴槽からは洗場床面よりの高さが三五センチメートル、幅七センチメートルの隔壁により仕切られているものである。)。

4  同4の事実は否認する。風呂燃焼釜設置部分の穴の中に侵入する湯水は、せいぜい右の穴の底面を湿らせる程度にすぎない。また、右の穴の中に侵入する湯水の多くはシャワー使用に伴うものであるところ、シャワーは早坂において独自に取付けたものであるし、右の穴の中にたまった湯水にごみが浮遊するに至るとしても、それは専ら早坂の管理上の問題であるから、被告方従業員の設計施工した本件浴室の危険性とは関係ない。そして、そもそも本件浴室は、家族、従業員ら二、三名の者が使用するためのものとして設計施工当時の建築関係法規やガス取締法規に適合していたものであって、族館用として使用しない限り危険性はない。

5  同5の事実は否認する。本件事故当時、風呂燃焼釜設置部分の穴の中にたまっていた水の深さは二センチメートルにすぎず、その程度では風呂燃焼釜の空気調整器の穴を塞ぐには至らないし、ごみ等が浮遊していたとしても、それは早坂の管理上の問題であって、被告方従業員の設計施工と本件事故との間には因果関係はない。

6  同6(二)の事実は否認する。本件浴室は、家族、従業員ら二、三名の者が使用するためのものとして設計施工当時の建築関係法規やガス取締法規に適合していたものであるから、被告方従業員には過失がない。

7  同7の事実は不知。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3のうち、本件浴室が、早坂の注文により昭和四二年の秋から冬にかけて、建物等の建築請負業者である被告の使用する従業員らにおいて設計施工した事実、風呂燃焼釜設置部分が浴室内にあって、縦(南北方向)五九センチメートル、横(東西方向)五七・五センチメートル、深さが洗場床面から五二・五センチメートルある升形コンクリート造りの穴になっている事実、風呂燃焼釜が高木産業株式会社製のパーパス自動点火式TPIA二型といい、プロパンガスを燃料とする事実、風呂燃焼釜設置部分の穴が、洗場からは洗場床面よりの高さが三・五センチメートル、幅七センチメートルの堰状の隔壁により仕切られているだけで、蓋等により他から遮蔽されておらず、また、そこには排水口が設けられていない事実、以上の各事実は当事者間に争いがない。

三  請求原因3のうち当事者間に争いのない右の各事実と、≪証拠省略≫を総合すれば次の諸事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

1  被告は建物等の建築請負業者であるが、昭和四二年秋ころ早坂との間で長野県北安曇郡白馬村大字北城字西山一一四二〇番地所在食堂兼住居用建物の工事につき請負契約を締結し、被告方従業員は同年一二月一五日ころまでに右建物の設計施工をした。

2  被告方従業員が設計施工した右建物の一階東側には本件浴室が設けられたが、その構造は概ね次のとおりである。

(一)  浴室は、面積が二・六〇平方メートル(東西方向一・四〇メートル、南北方向一・八六メートル)、洗場の床面から天井までの高さが二・四〇メートルあって、洗場部分、浴槽設置部分それに風呂燃焼釜設置部分からなっている。

(二)  風呂燃焼釜設置部分は、縦(南北方向)五九センチメートル、横(東西方向)五七・五センチメートル、深さが洗場床面より五二・五センチメートルある升形コンクリート造りの穴になっており、洗場からは洗場床面よりの高さが三・五センチメートル、幅七センチメートルの堰状の隔壁で仕切られ、また、浴槽からは、洗場床面よりの高さが三六センチメートル、幅七センチメートルの堰状の隔壁(この隔壁は浴槽上部の縁に接しており、右縁からの高さは一〇・五センチメートルある。)で仕切られ、洗場を流れる湯水や浴槽からあふれた湯水が中に流入するのを防止している。しかし、風呂燃焼釜設置部分の穴には、排水口のたぐいは設けられていない。

(三)  風呂燃焼釜設置部分の穴の底面には、プロパンガスを燃料とする高木産業株式会社のパーパス自動点火式TPIA二型風呂燃焼釜が設置されたが、その結果、右風呂燃焼釜のバーナー部分裏面に取付けてある二ケの空気調整器の穴は風呂燃焼釜設置部分の穴の底面より三・五センチメートルのところに位置するようになった。

(四)  洗場面積は一・三六平方メートル(東西方向〇・七三メートル、南北一・八六メートル)あり、そのほぼ中央で浴槽寄りのところに直径七センチメートルの排水口が設けられており、洗場床面は右排水口に向ってわずかに傾斜をなし、排水の便を図ってる。

(五)  浴室の壁面及び天井はモルタル塗りになっており、そのうち、東側壁面には洗場床面より一・一七メートルのところに窓(縦〇・七五メートル、横〇・九六メートルでガラス入り引戸がはいっている。)があり、右窓のやや上方で天井寄りのところに換気口(縦〇・二三メートル、横〇・三九メートルの大きさで、桟が三本と虫よけのナイロン製網が取付けられてある。)が一ヶ所ある。また、北側壁面には脱衣場に通じるガラス入り開戸(幅〇・七〇メートル)が一枚ある。

(六)  なお、風呂燃焼釜からの燃焼排気ガスは直径八・五センチメートルの煙突(浴室の東側壁面を貫通して戸外に通じている。)により戸外に排出されるようになっているが、右煙突のトップ部分は浴室東側壁面にある前記窓の上部付近に位置している。

3  その後、早坂は、昭和四六年ころ長野県須坂市の建築業者に依頼して前記食堂兼住居用建物を食堂兼旅館(民宿)用建物に増改築したが、その際、浴室付近については食堂と脱衣場との間の戸の位置を変更したほかは、何ら手を加えなかった。

4  更に、早坂は、昭和四七年末ころ某業者に依頼してセントラル・ヒィーティング(集中暖房システム)工事をしたが、それに伴い、浴室の東側壁面寄りの天井付近(その位置は前記換気口に近いが、一〇センチメートルは離れている。)に温水管が二本施設され、また、右工事の際浴室の南側壁面にシャワーが取付けられた。

四  風呂燃焼釜のようにガス消費量の多いガス器具(≪証拠省略≫によれば、本件の高木産業株式会社製のパーパス自動点火式TPIA二型は一時間あたり〇・九キログラムのプロパンガスを消費する事実が認められる。)にあっては、燃焼排気ガス量も多いから、燃焼のため空気の円滑十分な供給を必要とすることは明白である。そして、本件の場合、本件浴室内にプロパンガスを燃料とする風呂燃焼釜が設置されていることは前記認定のとおりであるから、浴室の構造如何では風呂燃焼釜に対する空気の円滑十分な供給が阻害され、その結果ガス不完全燃焼により発生した一酸化炭素が浴室内に充満し、ひいては入浴者が一酸化炭素中毒死に至る危険性があるといわねばならない。そこで、前記認定のような構造を有する本件浴室が右のような危険性を有するか否かを判断する。

1  本件浴室の風呂燃焼釜設置部分の穴は洗場及び浴槽から堰状の隔壁によって一応仕切られているから、洗場床面を流れる湯水や浴槽からあふれた湯水がそのまま直接右の穴の中に流入することはないとしても、洗場面積が一・三六平方メートルと極めて狭いため、入浴者の使用する湯水の一部がはねたりして右の穴の中に侵入することは避けられず、そして、侵入した湯水は右の穴に排水口が設けられてないため次第にたまるものと認められる。そして、≪証拠省略≫によれば、本件浴室の所有者である早坂は昭和四五、六年ころには既に被告方に対し「風呂燃焼釜設置部分の穴の中に水がたまるので、排水口を設けたらどうか。」ということを述べていること、及び早坂は右の穴の中に雑巾をひたしては、たまった水を繰返し吸上げるという作業を月に四、五回は行なっていたことの各事実、≪証拠省略≫によれば、早坂は本件事故発生直後被告方に電話して「風呂を確か直せと言ってあったのだが。」と述べている事実、以上がそれぞれ認められるのであって、右認定の諸事実よりすれば、右の穴の中にたまる湯水は少からぬ量であることが推認される。また、浴室は本来常に清潔にされていなければならない場所であるとしても、本件浴室のように浴室内に風呂燃焼釜設置部分の穴がある場合は、そこにごみ等の異物がはいり込むことは避けられないというべきである。

2  ところで、≪証拠省略≫によれば、大町警察署の係官は、昭和四八年一月五日本件事故原因究明のため本件浴室の検証を行い、その際、本件浴室の東側壁面の窓及び北側壁面の戸を閉め、更に風呂燃焼釜設置部分の穴の中に水を注入したうえで風呂燃焼釜に点火した場合の本件浴室内の一酸化炭素濃度を測定したところ、水深が二センチメートルのときは一酸化炭素は発生しなかったが、三・四センチメートルのときは点火後二〇分でほぼ〇・〇三パーセントの濃度の一酸化炭素が、三・六センチメートルのときは点火後三〇分でほぼ〇・〇五パーセントの濃度の一酸化炭素がそれぞれ発生した事実が認められるが、右は風呂燃焼釜の空気調整器の穴の位置が風呂燃焼釜設置部分の穴の底面より三・五センチメートルという高さにあるため、注入した水が空気調整器への空気の円滑十分な供給を阻害し、プロパンガスの不完全燃焼を惹起した結果と推認される。そして、右の穴の中の水深が二センチメートル程度であっても、そこに浮遊するごみ等の異物が空気調整器の穴を塞ぎ、プロパンガス不完全燃焼による一酸化炭素を発生させることもありうるというべきである。

3  右のとおり、風呂燃焼釜設置部分の穴の中に水やごみ等がはいると、それだけで人体にとって相当程度に危険な濃度の一酸化炭素が発生しうるのであるが(ヘモグロビンとの親和力が酸素よりも格段に強い一酸化炭素は低濃度であっても人体に極めて危険であることは公知の事実である。)、更に、本件浴室は極めて狭いにもかかわらず、換気口は東側壁面の上方に一ヶ所設けられているだけであって、本件浴室の窓あるいは戸も入浴中はそれらを閉めきったうえで風呂燃焼釜に点火するのが通例であるから(特に本件事故発生時のように外気の冷いときはそうである。)、換気口の代用となるものではないし、風呂燃焼釜からの燃焼排気ガスは煙突により一応戸外に排出される仕組みにはなっているものの、右煙突のトップ部分が右窓の上部あたりまでしかないため、右窓にあたる風が圧力に転換し、燃焼排気ガスを右煙突より本件浴室内に逆流させることも十分にありうるところであり、結局、これらのことも風呂燃焼釜に対する空気の円滑十分な供給を阻害してプロパンガス不完全燃焼による一酸化炭素を発生させ、よって人体に危険な結果を及ぼす虞のあることが認められる。してみれば、本件浴室は、その構造上入浴者が一酸化炭素中毒死に至る危険性を有するといわねばならない。

五、ところで、被告方従業員が本件浴室を設計施工した後、早坂方において独自に本件浴室に若干の変更を加えたことは前記認定のとおりであるが、そのうち、まず食堂と脱衣場との間の戸の位置の変更は、本件浴室の構造上の危険性に対し何らの影響をも及ぼすものでないことは明らかであり、次にシャワーの取付についても、≪証拠省略≫によれば本件事故当時右シャワーはいまだ工事中で使用できない状態であった(即ち、シャワー取付けにより風呂燃焼釜設置部分の穴の中に侵入する湯水の量が増大するということはない。)事実が認められるから右同様であるし、最後に本件浴室の東側壁面寄りの天井付近に施設された二本の温水管については、それらが前記換気口の機能に影響を及ぼすとも考えられるが、右換気口からは一〇センチメートルは離れていることは前記認定のとおりだから、これも大した影響を及ぼすものとはいえない。してみれば、本件浴室の有する前記の危険性は、早坂方において本件浴室に加えた変更により増加されるものではなく、被告方従業員が設計施工した構造自体に起因するものといわねばならない。

なお、前記認定のとおり、本件浴室は当初食堂兼住居用建物の一部として設計施工され、その後旅館(民宿)の一部として使用されるに至ったものであるが、右のような使用形態の変更により風呂燃焼釜設置部分の穴の中に侵入する湯水の量も必然的に増加するから、使用形態の変更自体が本件浴室の有する右危険性を惹起している面があるともいいうる。しかし、本件浴室を食堂兼住居用建物の一部として使用している場合でも、右の穴の中に侵入した湯水は日時を経るうちに次第に蓄積され、いずれ風呂燃焼釜の空気調整器に対する空気の円滑十分な供給を阻害してプロパンガス不完全燃焼を誘発することがありうるのだから、結局、本件浴室は右使用形態の変更とは関係なく右危険性を有するものである。

六  次に、被告方従業員の本件浴室の設計施工と本件事故との間の因果関係について判断するに、絹子が本件浴室で入浴中、プロパンガス不完全燃焼による一酸化炭素中毒にかかって死亡したことは前示のとおりであり、本件全証拠によっても本件浴室内には本件事故当時、風呂燃焼釜以外に一酸化炭素の発生源となりうるものの存在は認められず、また、≪証拠省略≫によれば、風呂燃焼釜設置部分の穴の中には本件事故当時、二センチメートルの水がたまり、そこに小さい木片、マッチ棒、たばこの吸殻等が浮遊していた事実が認められるのであって、右のことと本件浴室が有すると認められる前記の危険性とを総合すれば、被告方従業員の本件浴室の設計施工と本件事故との間には因果関係があるとするのが相当である。

なお、風呂燃焼釜設置部分の穴の中に小さい木片、マッチ棒、たばこの吸殻等が浮遊していたことは本件浴室の所有者である早坂の管理上の問題という面もあるが、右の穴の中にごみ等の異物がはいり込む可能性の不可避なことは前記認定のとおりであるから、被告方従業員の設計施工と本件事故との間の因果関係が中断されるものではない。

七  そこで、本件事故の発生につき、本件浴室を設計施工した被告方従業員に過失があったか否かを判断するに、およそ建物の設計施工に従事するものには、その業務の性質上自己の設計施工上の措置等から他人に被害を及ぼさないように万全の配慮をなすべき高度の注意義務があるというべきであるから、本件浴室を設計施工した被告方従業員らとしても本件浴室が前記危険性を有しないようにする注意義務が要求されるのである。ところで、≪証拠省略≫によれば、被告方従業員が本件浴室を食堂兼住居用建物の一部として設計施工した昭和四二年ころは、建築関係法規は浴室の設計施工上遵守すべき事項として格別の規定を設けていなかった事実が認められるのではあるが、風呂燃焼釜のようなガス器具にあっては、ガス消費量の多い関係上、燃焼のために空気を円滑十分に供給する必要のあることは公知の事実であるから、被告方従業員としては、前記認定のような構造を有する本件浴室の内部にはガス不完全燃焼による一酸化炭素の充満する虞があることは予見しえたというべきである。

なお、被告方従業員が本件浴室を旅館(民宿)用建物の一部として設計施工したものでないとしても、右の予見可能性に何らの影響を与えるものではない。けだし、本件浴室が有する前記の危険性はその使用形態の如何とはさして関係がないことは前記認定のとおりであるからである。

以上によれば、被告方従業員には本件事故の発生につき過失があるというべきである。

従って、被告は被告方従業員の設計施工上の過失による本件事故につき使用者としての責を負うべきである。

八  本件事故により原告らの蒙った損害につき、

1  まず、葬儀費用に関する請求原因7(一)の事実は、≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。

2  次に、絹子の逸失利益については、同女が本件事故による死亡当時の年令が二一歳であったことは前示のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、絹子は株式会社ゼネラルに電話交換手として勤務し、同女の死亡した前年である昭和四七年における年収は七四万六四九六円である事実が認められるところ、同女は本件事故に遭遇しなければ平均余命の範囲内(同女の死亡当時の年齢が二一歳であったことは前示のとおりである。)で少くともあと三五年間は右と同程度の収入を取得しえ、その間の同女の生活費は右収入の半分とみるのが相当であるから、以上により同女の逸失利益の現価をホフマン式(年間複式、利率年五分)計算法を用いて算出すると七四三万三九八〇円(一円未満切捨て)となる。そして、原告小野寺茂が絹子の父であり、原告小野寺千恵が同女の母であることは前示のとおりであるから、原告らは同女の右逸失利益の損害賠償請求権をそれぞれ二分の一宛、即ち各三七一万六九九〇円ずつ相続によって取得したというべきである。

3  ≪証拠省略≫によれば、原告らはその娘である絹子をやっと成人させたにもかかわらず、本件事故で不慮の死をとげたことにより著しい精神的打撃を受けた事実が認められ、右事実に加え、本件事故の態様その他本件に関する諸般の事情を考慮すれば、原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は各自につき各二〇〇万円をもって相当とする。

4  従って、本件事故により、原告小野寺千恵は、逸失利益相続分三七一万六九九〇円、慰藉料二〇〇万円の合計額五七一万六九九〇円、原告小野寺茂は、葬儀費用三〇万円、逸失利益相続分三七一万六九九〇円、慰藉料二〇〇万円の合計額六〇一万六九九〇円の各損害を蒙ったことになる。

九  以上の次第で、原告らの被告に対して右損害金の一部である三〇〇万円ずつとこれに対する本件事故発生日である昭和四八年一月三日から支払いずみまで民法所定年五分の遅延損害金の各支払いを求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文とおり判決する。

(裁判長裁判官 柏原允 裁判官 小倉顕 向井千杉)

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